今回は、CDショップ大賞2014ジャズ部門賞、JAZZ JAPAN AWARD 2013アルバム・オブ・ザ・イヤー ニュースター部門を受賞した「fox capture plan」や、神戸発アイドルユニット「KOBerrieS♪」など、ジャズからアイドルソングまで幅広く手がける、エンジニアの上原翔(@upopo_sho )さんに寄稿していただきました。
僕が編曲した打ち込みメインのバラード、君彩りLOVER「雫の波紋」を例に、特にオートメーションでの流れの付け方、各々の音作りについての解説と、その処理の考え方について説明していただきます。
プラグインは必要がなければ使わなくて良いのです。
下のプレイヤーの1曲目です。
「雫の波紋」の全体像
ほぼ全てのトラックでオートメーションを書いています
まず、全体像を紹介します。
ミキサー画面を見ると、使っているプラグインの数はとても少ないです。それに比べると、ボリュームオートメーションはほぼ全てのトラックで書いています。
エディット画面
ミキサー画面
各トラックの処理
プラグインに頼らず、まずフェーダーとリバーブでなんとかしてみる
これから使ったプラグインも紹介していきますが、音にとって一番重要なのはバランスでの聴こえ方です。
よくありがちなのが、EQの上げ下げでバランスを取ろうとしてしまう事です。例えば、抜けが悪いと思った音にはEQの高域を上げて音を抜けさそうとしがちですが、それだと音が細くなるだけで結果的に音は抜けてきません。まずフェーダーを上げてみる事です。
プラグインに頼らず、まずフェーダーとリバーブでなんとかしてみる、それでも無理だったらプラグインを使うという順番です。
では、リバーブと各々のトラックの処理を解説していきます。
性能の良いリバーブだと音が広がり過ぎてオケには使いにくい
僕がオケに使うリバーブは基本的に以下の2種類です。
※共にDAWのNuendo付属リバーブ
左がショートリバーブ、右がロングリバーブです。これらを組み合わせて音の立体感を作っていきます。
ちなみに、なぜ純正のしょぼいリバーブを使っているかと言うと、性能の良いリバーブだと、音が広がり過ぎてオケには使いにくかったりします。歌との差異が出にくいという事もあります。
もちろん音の優れたリバーブを使っても良いのですが、それよりもオケに使うリバーブは、どの楽器に使うかと、リバーブのセンド量の方が重要です。
こういったバラード曲で打ち込み音が多い場合は、リバーブを含めたバランスの取り方が重要になってきます。
・リバーブを使う楽器と使わない楽器
・ショートリバーブかロングリバーブ
・どのくらいのセンド量か
これらを考えながら組み立てていきます。
「雫の波紋」のオケに関しては
1.リズム
2.コード楽器
3.ストリングス
この大きく3つの分類に分かれます。主に使ったプラグインも含めて解説していきます。
1.リズム&ベース
前に出す音、中間の音、後ろに下げる音
この曲のリズムは、ドラム類とパーカッション類で構成されています。リズムだけでも前に出す音、中間の音、後ろに下げる音、というのがあります。
ベースも含めて今回のくくりは以下です。
前に出す音
ベース、キック、ハイハット、タム、シンバル類
これらは、リバーブを何も掛けません。シンバルはまた別ですが、リズムの中核をなすものは基本ドライ音で組み立てます。
中間の音
コンガ、タンバリン
中間の音はショートリバーブを使います。コンガはリズムでの重要度は結構高めですが、今回はキックやハイハットに比べて少し下げ目にした方が良かったので、このようにしました。
後ろに下げる音
リム、シェイカー、スナップ
後ろに下げる音は、かなり多めにロングリバーブを掛けます。リム、スナップ等はバラード曲の場合、多めにリバーブを掛けた方が良い場合が多いですね。
上記の事を踏まえて、音量とのバランスと一緒にリバーブも組み合わせて立体感を作っていきます。
リズム類で主に音作りをしているのはベースだけです。ベースに使ったプラグインは下記です。
※Waves Renaissance Bass、Waves Renaissance Compressor、Waves Renaissance Equalizer
その他はハイハット、シェイカー、コンガにコンプを掛けたくらいで、ほぼそのままの音です。
2.コード楽器
リズム感を出したいけど、少し音を後ろに下げる場合はショートリバーブ
「雫の波紋」のコード楽器は、エレピとアコースティックギターで構成されています。基本的にはこの2つなので、この2つが同音量くらいで鳴るようにするとバランス良くなります。今回の場合は、L側にエレピ、R側にアコースティックギターを配置しました。
アコースティックギターは、ショートリバーブを掛けています。こういったリズム感を出したいけど、少し音を後ろに下げる場合はショートリバーブを使います。
エレピに使ったプラグインは下記です。
※Steinberg Nuendo付属コンプレッサー、Waves Renaissance MondoMod、Waves Renaissance Equalizer、Steinberg Nuendo付属コンプレッサー
1番目に左のコンプをインサート。2番目がMondoModでトレモロっぽくする為に使っています。3番目にEQで、L側に振った時少し低域が多かったので若干削っています。最後の4番目に右のコンプをインサート。トレモロ効果を出したので、その分の音量差を慣らしています。
アコースティックギターは下記です。
※Waves MV2、Waves Renaissance Equalizer、Steinberg Nuendo付属コンプレッサー
生楽器なので、音量差を少なくする為に
MV2で音量の小さい部分を上げ、少し低域や中低域が足りなかったのでEQで補正して、最後にもう1つコンプをインサートして音量を整えてます。
3.ストリングス
その時々の役割が何なのかを考える
ストリングスは基本、音を広げる為にロングリバーブを掛けます。ストリングは歌が入ってる所は歌のメロディーを支えるくらいのバランスを取ります。ただし、ストリングスは役割が変わる事もあったりする楽器で、歌が入ってない間奏の部分などはストリングスがメインになる場合もあります。
今回だと、アウトロはストリングスメインに切り替わっています。ストリングスはそういった曲中でその時々の役割が何なのかを考える必要があります。
使ったプラグインは下記です。
※Waves Kramer Master Tape、Waves Renaissance Equalizer、Steinberg Nuendo付属コンプレッサー
ストリングスは全部を1つのグループにまとめたものに上記のプラグインを使っています。今回の打ち込みのストリングスだと、少し高域が多めだったので、ハイの成分を落とす目的でテープシュミレータを使いました。それでももう少し音の太さが欲しかったのでEQで中低域を上げています。最後にコンプで少しならすといった感じですね。
オートメーションでの流れの作り方
オートメーションの役割は大きく分けて3つあります。
1.メインとなるものを前に出す。
2.サビなどの盛り上げる箇所のボリュームを上げる。
3.様々な楽器が常に一定の音量が聞こえるようにする
1.メインとなるものを前に出す
歌が抜けた所でも、変わりになるものの音量を同じくらい出すのが基本
楽曲は基本、常に何かしらのメインとなるものがある場合が多いです。
歌がある所は基本歌がメインです。ですが、歌が抜けた所にも何かしらメインとなる楽器があったりします。
例えば今回の「雫の波紋」だと、1サビ終わりの間奏のストリングス、アコースティックギターソロ、アウトロのストリングスですね。
歌が抜けた所でも、変わりになるものの音量を同じくらい出すのが基本的な考えです。
例えば、下記のように1サビ終わりで歌が抜けた間奏の所はストリングスがメインとなるので音量を上げます。
こういった考え方を基にしてオートメーションを書いていきます。
2.サビなどの盛り上げる箇所のボリュームを上げる
難しい事は考えずに、とりあえずサビは0.5dB~2dBくらいリズム楽器を中心に音量を上げてみましょう。それに付随して、歌やコード楽器などの音量もバランスが取れるように上げていきます。
この曲だと、下記のようにサビに入ったところで2dBほどリズム楽器類を中心に音量を上げています。
3.様々な楽器が常に一定の音量が聞こえるようにする
どこを盛り上げるのか?という事を明確にする
これは2.とも関係していますが、「雫の波紋」ではサビに入るとストリングスの音量が上がったり、パーカッション類も増えて、全体の音数が増えたり音量が上がったりします。
キックやハットなど、サビに入る前から鳴っているものがそのままの音量だと単純に音が埋もれてしまうのです。それらがサビに入ってもしっかり聞こえてるようにする事、それでいてサビで全体のボリューム感が上がり、盛り上がっているようにする事が大事です。
流れの付け方は、どこを盛り上げるのか?という事を明確にするのが重要です。少し分かりにくいのがイントロや間奏。サビのままのテンションで間奏にいくのか?少しテンションを落とすのか?という判断が必要です。
例えばこの曲だと、最後サビ終わりで入るアウトロは、サビと同じテンションで引っ張るようにしています。このあたりは、入ってる音やフレーズでこの場面ではどういうテンションでいきたいのかを理解する事が重要です。
終わりに
ミックスは個々の音作りよりも、全体の流れを把握しつつ、盛り上げたり静かになる所など、やや大げさにオートメーションで書いていくくらいがちょうど良いかと思います。音楽は時間軸があってのものなので、最初から最後まで飽きずに聞けるようにするというのがやはり重要ですね。
完成曲
改めて音源です。24bit48kHzになっていますので、ダウンロードして音質を確認してみるのもおすすめです。
著者紹介
上原 翔
Recording / Mix / Mastering Engineer
1982/7/13 A型 滋賀県出身
・経歴
2004年、レコーディングエンジニア目指して上京。
Azabu O Studio(exオンエアー麻布スタジオ)で電話番&車庫入れのアルバイトを始める。
2005年、HAL Studioに入社し、DJ KrushやSPANOVAから、Superflyや西野カナなど、
幅広いジャンルのセッションワークに数多く関わり、エンジニアリングを学ぶ。
2012年、HAL Studioを退社。
2013年、フリーランスとなり活動を始める。
2013年に手掛けたfox capture plan「BRIDGE」では、
第6回CDショップ大賞2014ジャズ部門賞、
JAZZ JAPAN AWARD 2013アルバム・オブ・ザ・イヤー ニュースター部門を受賞している。
2014年、自身のクリエイター作品として、CCライセンス表示により「Once and Again feat. Chihiro」を発表する。
■上原さんへのお問い合わせはこちらから
http://shouehara.wordpress.com/contact/
こおろぎの感想
上原さんのミックスを最初に聴いた時、リバーブの混ざり具合がすばらしいなと思ったんですが、まさかのDAW付属リバーブでしたね。
オートメーション、ついついめんどくさくなってあまり書かなかったりするんですが、この手間がかなり大事なんだと痛感しました。
また、自分のアレンジした曲のミックスをお願いしたことで、具体的にどういった音作りをすればいいのか、めっちゃミックスの勉強になったなあとも思います。
曲にもよりますが、今回のような打ち込みメインのオケではほとんど音作りというものをしなくて良い場合が多いです。それぞれの音の役割を理解して、バランスを取っていけばしっかりとしたミックスになります。
個々の音にこだわり過ぎて、プラグインを使い過ぎて逆に音が悪くなっていくというパターンは結構多くあるように思います。プラグインというのは、使えば音自体が良くなる訳ではありません。必ず何かとトレードオフしているという事です。プラグインは必要がなければ使わなくて良いのです。
それを踏まえて、僕がミックスした君彩りLOVER「雫の波紋」を例に解説、考え方の説明をしていきます。