連載「ビッグバンドの作曲、編曲、打ち込みができるようになりたい」、
【第一回】ざっくりと全体を把握する
【第二回】使用されている楽器の事を知る
に続きまして、今回は「【第三回】楽譜を分析してみる」です。
1曲の分析(アナライズ)を通して、普遍的に使えそうなビッグバンドの作曲、編曲マナーを身につけよう、というのが今回の狙い。
オーケストラもそうなんですが、編曲を覚える時は実際の楽譜を分析するのが一番効果が高いです。そして、教則本も同時に読んでいくとさらによいです。
教則本だけだと要点しか書いてないし、受動的になるのでそんなに身につきません。僕は教則本オタクなので楽譜のよさが身にしみてよく分かります。
目次
■Moment’s Noticeの分析
・編成
・構成
・構成ごとに分析
・分析まとめ
■ホーンセクション以外の分析まとめ
・ピアノ
・ギター
・ベース
・ドラム
■教則本
■最後に | 楽譜について
時間がない方は分析まとめから読んでみるといいかもしれない。
Moment’s Noticeの分析
今回は楽曲「Moment’s Notice」を分析します。
作曲はジョン・コルトレーンですが、アラン・ベイロック(Alan Baylock)によってビッグバンドアレンジされたものです。
下のリンクから楽曲がフルで聴けます。
・MOMENT’S NOTICE | Maria Music Service
楽譜も1ページ目だけ見れますね。ここだけでもかなり情報量があります。
編成
・アルトサックス E♭×2
・テノール サックス B♭×2
・バリトンサックス E♭ ×1
・トランペット B♭×4
・トロンボーン ×3
・バス・トロンボーン ×1
・ギター
・ピアノ
・ベース
・ドラム
ごく普通の編成ですね。
構成
【キメ1】【キメ2】
『テーマ1』「テーマ2」〈テーマ3〉『テーマ1』〈テーマ3〉 『テーマ1』「テーマ2」
【キメ3】
《ソロ1 テナーサックス 》《ソロ2 アルトサックス》
〈テーマ3〉『テーマ1』
〈テーマ3〉 『テーマ1』「テーマ2」「テーマ2’」「テーマ2’’」
【キメ3】【キメ1】
割と複雑です。最初でキメ2つとテーマ3つを聴かせて、順番やアレンジを細かく変えて変化をつけてる。
真ん中にサックスのソロ。疲労度があるため、トランペットのソロはあまり入れないのかも。映像では見かけますが。
構成ごとに分析
構成ごとに細かく見ていきます。テンポはBPM208。
キメ1 | 1ページ目
楽譜が公開されている1ページ目。ドラムソロとキメ1です。
図 | MOMENT’S NOTICE | Maria Music Service
楽譜だと移調しているので音の流れがいまいちわからないと思いますので、ピアノロールに打ち込んでみました。
さらにパートで分解。
ホーン・セクションのみ。サックスがオレンジ色。
トランペットがオレンジ色。
トロンボーンがオレンジ色。
ピアノとベース。
・トップの音はあまり動かず、他の音が順次進行していくパターン
・コードはB7#5#9、C7#9、D♭♭5#9、D7#9、E♭#9
・ブラス全体は密集した和音。各パートのラインがほぼ半音で繋がっている
・トランペット、サックスはほぼ同じメロディラインを吹いている。4thだけはラインが違う
・サックスは2ndアルトと1stテナーがほぼユニゾン
・トロンボーンはトランペットとサックスセクションの下を支えている。
・低音になるにつれインターバルが開いている
・ピアノはトップ音をオクターブで重複
半音進行の面白いアプローチ。コードは明るくてあっさりと聴こえますが、重厚な和音。
サックスの2ndアルトと1stテナーがユニゾンなのが気になります。なぜトップ音じゃないのか。トップにはピアノが重なってるから、トップの音量が大きくなりすぎないように、と言う事でしょうか。
次のページからは公開されている1ページ目と違って、打ち込みのスクショは載せちゃいけない予感がするので、ざっくり分析します。聴きながら目を通してみてください。
キメ2 | 9小節目~
・キメ1は全体が密集→解離だったのが、キメ2は解離→密集の和音。
ほぼユニゾンのサックスとトランペットのラインが細かい所で違うんですけど、どういう意図があるんでしょうか。
考えられるのは、この3つ。
・楽器の性能(サックスでは良好だけれど、トランペットではよく鳴らない、または運指が難しい音)
・パート振り分け(6個和音があるのにパートが5つしかないのでトランペットとサックスでそれぞれ担当)
・色彩(例えば5度が強すぎるとイモっぽいので音量的に弱くする、など)
しかし、よくわからなかったのでスルー。
テーマ1 | 16小節目~
・キメと同じく、トランペット=サックス+トロンボーン。
・トップの伸ばすメロディの裏に順次進行で下降するメロディが入ってる。トランペット、サックス、トロンボーンの1人づつが担当。
・ピアノは裏メロをオクターブでなぞる。
テーマ2 | 23小節目~
・ベース音固定で上に乗っているコードが順次進行で動く
・1st、2ndアルト、トランペット4本がメロ。あとはバッキング。
テーマ3 サックスソリ | 31小節目~
・サックス5パーでのソリ
・サックスと同じフレーズをピアノでオクターブ下
ソリ(soli)というのは、ソロ(solo)の複数形で、セクションが塊になって1つのメロディを装飾したものを演奏する事です。ユニゾンとの違いは、各パートの音程が違う事。
ベース音もメロとして動かすため、コードの展開が激しいです。ビッグバンドの醍醐味とも言えるアプローチ。
テーマ1 | 39小節目~
サックスソリからナチュラルに移行。落ち着いたイメージ。
テーマ3 | 47小節目~
・トランペット+トロンボーン、サックスのソリを交互に
徐々に盛り上がる。
テーマ1 | 55小節目~
・サックスと少しトロンボーンで補強
テーマ2 | 61小節目~
・サックスとトロンボーンでのコンビネーション
キメ3 | 65小節目~
・サックス、トランペット、トロンボーンでのキメ
・サックスとトランペットのラインが結構違うけど意図はよくわからない
・ソロに備えて1stテナーはキメに参加していない
ソロに備えて休ませておく、っていうのは見逃しがちなポイントですね。打ち込みだとあまり気にしなくていいのかもしれませんが。
ソロ1、2 テナーサックス、アルトサックス | 67小節目~
・後半から各テーマが入ってくる
・ソロ楽器を変えて繰り返し
テーマ3 | 109小節目~
・ギター、ピアノを抜いた全体で。
テーマ1 | 117小節目~
・サックスソリと、トロンボーンが少し
・少しメロディを変えてある
テーマ3 | 125小節目~
・トランペット+トロンボーンとサックスソリが交互に。47小節目~とほぼ同じ
テーマ1 | 132小節目~
・トランペット、トロンボーン、サックスで。16小節目~とほぼ同じ
テーマ2 | 139小節目~
・23小節目~とほぼ同じ。
テーマ2’ | 143小節目~
・テーマ2からまるまる半音上がる
テーマ2’’ | 147小節目~
・テーマ2’から半音下がり元に戻る
・1st、2ndアルトサックス+トランペット4本でメロディを動かす
同じテーマが続きますが、半音上げ下げしたり、メロディを動かす事で変化をつけて最後に向かってますね。
キメ3 | 151小節目~
・65小節目とほぼ同じ
キメ1 | 9小節目~
・最初と同じ
・最後はホーンセクションの音の切れ目までドラムフィルを入れて間を埋めている
分析まとめ
編曲のパターンは6つ
・全楽器のトゥッティ(Tutti)
・主メロディを伴奏が補強&裏メロが入る
・全セクション、特定のセクションのソリ
・ソリが交互に出てくる
・ルート固定で上が動く、トップ固定で下が動く
・ソロ
このパターンがほとんどです。あまり細かい事をせず、セクション毎に塊として演奏パートを振り分けている感じ。
おそらくはサックス、トランペット、トロンボーンの音色の違いがあまりないので、細かい動きをさせてもわかりづらく、また、音色のコントラストをはっきりつけるためなんじゃないかなと思います。
色々まとめ
・主役のメロディより高い音を鳴らさない
・セクションは和音のブロックとして考える
・ピアノで弾くと重くて暗めに聴こえる重厚な和音でも、ホーンセクションに置き換えると明るく聴こえる
・ボイシングは密集位置が基本
・トゥッティでは、トランペットとサックスは同じ音域を吹き、トロンボーンがその下を支える事が多い
・トップの音はオクターブ下に重ねてない事が多い(他のジャンルは重ねる事が多い)
・ホーンセクションでは、ベースの音はバス・トロンボーンまたはバリトンサックス以外は鳴らさない
・内声は順次進行多めで滑らかに繋ぐ
・メロが下がる所でも全体の和音は下がらない
・ベース音以外の音の下限はE♭2あたりまで
・メロが低い時は密集、メロが高くなると解離させて、下限を保ちながらハーモニーを配置。
ピアノで鳴らすとちょっと暗くて重いかな?と思ってもホーンセクションに置き換えると明るく響くので、出来れば最初からホーンの音色で打ち込んだほうがよさそう。
オーケストラアレンジとの違い
同じ大編成のオーケストラと違う考え方をする所がいくつかありました。
・オーケストラがハーモニーをバラバラに動かすことが美しいとされている事に対して、ビッグバンドでは同じ方向に動かすことが基本。
・特に古いオーケストレーションではベース音が一番大事な音とされ、なるべく重複させる。3度が強くなりすぎないように、など、和音の積み方のバランスも安定させる方向なのだけど、ビッグバンドではベース音は上に重ねない。和音はテンションを強調する。
・内声の動きは跳躍が少ない
・トップの音を重複しない
・オーケストラではメインのメロディより高い所でうっすら鳴らす、みたいなアレンジがあるけど、ビッグバンドは基本的にメインのメロディより上に音を置かない
オーケストラだと音色の違いにより分離して聴こえるので、バラバラの動きをしていても聴き取れるのですが。ホーンセクションだと勝手が違うようですね。
ホーンセクション以外のパートの分析まとめ
ピアノ
・ほとんど単独では弾かない
・ブラスのフレーズを重複させてアタックと音色を付加する、オーケストラと同じ役割。
・コンピング(バッキング)も担当
・密集和音が基本
・ベース音は弾かない
・フレーズを強調する時はオクターブでトップの音+和音
・サックス+オクターブ下のピアノというコンビネーションもアリ
・単音で重要な内声をなぞる事もある
主役ではないですが、重要な楽器ですね。単独で弾かないのは、音量の問題でしょうか。
ギター
・ひたすらコード弾き。たまにメロディをなぞる
・ソロの時はソロに対して応答のフレーズを弾く事がある
ひたすら裏方。むしろ必要なんでしょうか。
ベース
・キメ以外はおまかせ
・キメはルート、その時はむやみに動かさない
・あとはひたすらウォーキング
普通のジャズと変わらない感じです。
ドラム
・ドラムは////とリズムのみ指定。
・シンコペーション多め
・楽譜にはキメしか書いてない
・ライドのシンバルレガートが基本。足で鳴らしてるハイハットも結構聴こえる
・リムショットはクローズもオープンも使う
・キメはスネアかシンバル+キック
ベースは楽譜に音符が書いてないので聴いてコピーするしかないですね。
曲の強さによってブラシだったりスティックだったりと、スネアの叩き方は変わります。Sing!Sing!Sing!みたいな元気な曲はバシバシ叩く感じ。
教則本
北川 祐さん著「ビッグバンドジャズ編曲法」
ほとんどがアプローチ(メロディのハーモナイズ)についての事です。頭が痛くなること間違いなし。
これだけを単独で読むと絶対途中で飽きると思うので、楽譜と同時に読み進めていくといいと思います。理解できないアプローチ方法があったら探してみる、みたいな感じで。
アプローチの繋がりは打ち込んでみてかっこよく聴こえればオッケーだと思うので、神経質にならなくていいんじゃなかなーと思っておりますが。
ドン・セベスキー「コンテンポラリー アレンジャー」
ビッグバンドが主ではないのですが、ヴォイシングやハーモナイズなどの参考になります。
最後に | 楽譜について
僕は勉強になりましたが、このブログを読む人にはいまいちピンと来なかったかもしれませんね。気になった方は自分で分析してみることをおすすめします。
移調された楽譜を読む苦しみも是非味わってほしいです。
今回分析したMOMENT’S NOTICEの楽譜は「ミュージックストア・ジェイ・ピー(MSJP)」という怪しいサイトで見つけて買いました。曲自体もここで試聴して決めてます。
注文画面は怪しかったですが、すぐ届きました。セールしているものを狙って買うと良さそうです。楽譜は1万円前後するので、たっぷり試聴をして選びましょう。
音源はAlfred Music という海外のサイト。
たまたま出てきたんですが、最初のほうに紹介したmarinamusicのほうでも音源とスコアが買えるかもしれません。
楽譜はちょっと高いですけど、自分の財産になることは間違いないです。
次は「【第四回】実際に作ってみる」です。
打ち込みに関するアレコレを書いていこうと思います。ではでは。
次回→