作曲家のこおろぎです。
ものすごい本を買ってしまいました。
◆改訂増補 リスニングルームの音響学
これは音楽を聴く(リスニングオーディオ)界隈の本で、リスニングルームの音響を良くするために、計算や試行錯誤をしていった記録が書いてあります。
音楽を作る人の音響の話は大きく、すでに作られたスタジオを前提にした話が多いんですが、リスニングオーディオ界隈は狭い部屋で工夫してる人が多く、ホームスタジオ作りに参考になる話も多いです。
その中でこの本を見つけました。
著者の方は松下電器産業(現パナソニック)
オーディオアンプやスピーカーシステムの設計に携わっていた
石井伸一郎さん
もう一人は松下電器産業で
デジタルオーディオ開発や画像音声圧縮技術開発に関わっていた
高橋賢一さん
二人ともバリバリ工学系の方が書いた本です。
全ての数字が出ている
この本の素晴らしいところは全てが数字で出ているところです。
「こういうふうな計算をして」「こういう風に想定して」
「実際に1/10のミニチュアで作ってみて」「それを測定してみた」 みたいな。
徹底的に数字を出して、どう考えて、どういう結果になったかが全部載っています。
あまりにも情報量がつまり過ぎていて、どちらかというと辞書に近い読み方になります。
最初から全部読んでいくんじゃなくて、知りたいことをピンポイントで探すっていう読み方。
多分最初から読み始めると一生読み終わらない。そのくらいの情報量です。
僕が考えるようなことは全部載っています。
「あなたがやろうとしていることは私たちが20年前に通ってきた道です」
みたいなことが書いてある。
同時に他のリスニングオーディオの本も買ってみたんですが、それらの本は抽象的でした
「ここにこういうものを置いたらこういう感じで音が良くなったよ」みたいな。
実際にどういう風に数字に現れてるかを書いてないから、再現性もないし、効果の大きさもよく分かんないし、
そういう曖昧なテキストで得た情報を自分の部屋で再現しようと思ったら、
元にしてる状態が曖昧だから、曖昧な対策しかできなくなっちゃう。
この「リスニングオーディオの音響学」は全部数字で出てるので、
「今の状態がこんな感じだからこういう対策をしよう」というのが、具体的に自分でも考えられます。
音響というジャンルは物理法則が変わらなければやり方も変わらないので、
一生使えるんじゃないかっていう本です。
「3Dプリンタで自由な形に家を作れる」みたいになったら考え方が全く変わってくるとは思うんですが。
少なくともあと50年は使えるんじゃないかな。
ただ数字で出しているからこそ難解です。
音響知識ゼロで数学も苦手っていう方が見た時に、何が書いてあるか全く分からない可能性はあります。
内容の紹介
この本の中からホームスタジオ制作に参考になりそうな内容を紹介していきます。
「なぜリスニングルームが重要なのか」
著者の石井さんはスピーカーの開発をしていたんですが、
どんなスピーカーを鳴らしてもいい音で鳴る部屋と、
どんなスピーカーで鳴らしても悪い音で鳴る部屋があることに気がついたんですね。
それでどんなスピーカーを作ろうとも、部屋がどう響くかによって自分が作ったスピーカーの評価も変わってしまう。
その体験からオーディオルームの部屋作りに興味を持ち、定年後から個人のリスニングルームの研究を始めたということ。
そのくらい部屋の音響は重要という話です。
「小さな部屋の音響学」
小さな部屋では音がどういう風に反射をしていくとか、響きの質だとか、
どういう風にシミュレーションして計算したらいいのかとか、
その実験結果が書いてあります。
「石井式リスニングルームの施行例」
石川さんの会社で試聴室を作ることになって、従来の試聴室の問題を改善して、
理想のリスニングルームを作ったそうです。
向かい合った平面をなくしたりなどして、部屋自体の形から作った。
その知識をもとに
石井さんの部屋も世界一音がいいリスニングルームにしよう、
ということで色々なことをやっています。
まず部屋の1/10スケールの模型を作っています。
1/10スケールの部屋を作ってしまえば、部屋にあるものを外に運び出して測定しなくていいし、簡単にいろんな実験ができます。
1/10スケールの部屋を再現するっていうと、僕からするとすげえ面倒くさいなと思うんですけど、
実は石井さんってグライダーの模型を作るのが趣味だったんですね。趣味がそこに生かされていると。
その中で、僕が知りたかったヘルムホルツ共鳴器の話が出てきます。
ヘルムホルツ共鳴器というのは
容器が共振特定の周波数で共振を起こすことで、
特定の周波数の音だけを鳴らしたり、逆に音を吸ったりできるというもの。
それを模型の壁一面に置くっていう実験をするんですね。
実際の部屋だとヘルムホルツ共鳴器がめちゃくちゃでかくなっちゃうんですけど、
1/10の模型だったら簡単に作って試せる。
実際に試してみることで、
理論上は悪くなさそうだったけれども、結果はあんまり良くないことが分かったとか。
そういったミニチュアでしかできないような、でっかいパネルを使った実験などをやっています。
「定在波について」
定在波は何なのかというのが辞書みたいにきっちり書いてあります。
定在波というのはフラッターエコーとも呼ばれるもので、
部屋の向かい合った面と面で音が反射して、
面と面の長さにぴったりな波長が増幅されるという現象。
特定の波長だけ増幅された結果どうなるかというと、
その周波数の音だけに影響が強く出ます。
この本では難しく書いてあるので、
ここはWeb上のテキストの方がわかりやすいかも。
その中でStandwave 2っていうシミュレーションソフトを使って
理想の部屋の比率を割り出していくんですが、
天井の高さが部屋の長さの0.6倍以下だと低域の方に大きなくぼみができることを発見したようです。
そのことを「存在していたのに今まで誰も気付かなかった」という意味で
「日本海溝」と名付けられてます。
聞いたことないですが…
天井が低い場合はあまり広くない部屋の方がいいらしく、
標準的な天井であれば、6畳くらいまでの方が都合がいいらしいです。
四角の部屋でスピーカーをどこに置こうかなって考えている人は
Stndwave 2がおすすめです
◆Stndwave 2
http://hoteiswebsite.c.ooco.jp/room/download/001.htm
「新石井式リスニングルーム」
石井さんは定在波について分析し、新しい石井式リスニングルームというものを作りました。
それを見て驚いたんですが、
何も置いてない。
リスニングルームというと、チューニンググッズとがごちゃごちゃ置いてあるイメージだったんですが、
全部計算して部屋を作っているから後から付け加えるものがないんですね。
アニメとかゲームのボスみたいな感じで、途中まではトゲみたいのがめっちゃついててすげえボコボコしてるのに、
最終形態になったらツルっとするみたいな。
一番強いボスってやっぱりシンプルなんですよね。
「リスニングルームの音響設計」
音の響きの長さのコントロールを書いています。
残響に関しては音楽を作るスタジオとリスニングルームでわりとゴールが違うので、
そこを考えながら読んだ方がいいとは思います。
リスニングルームだったら響きを足して豊かに音を鳴らすっていうゴールもありますが、
スタジオの場合は基本的に原音に忠実で響きをドライにするっていう方向性になるので。
「遮音」
自分の部屋から外に音が漏れないようにする方法が書いてあります。
ホームスタジオだったら結構参考になるんじゃないかなと。
ここも「遮音等級とは何か」っていう話から始まる
「D-×はこういう数値ですよ」みたいな。
「新しい吸音パネル」
市販の拡散パネルも買ってきて測定しちゃってます。
家具とかオーディオラックがどれくらい音響に影響するのかも。
部屋自体を作るところから生活の家具のところまで書いてあって、隙がないです。
おわりに
今回は音楽制作スタジオを作るという目線でこの本を紹介してみました。
この本の半分は部屋作りの知識で、部屋ありきで改善していくのはこの本の半分くらいの情報なんですが、
それでも十分な内容となっています。
物理をベースにした内容なので、宇宙の物理法則が乱れない限りは一生使える本になっています。