編曲のレッスンをして欲しいとご依頼がありましたので、お請けすることにしました。
例のごとく内容を公開します。
今回は初心者~中級者向けの内容になっていると思います。
依頼者プロフィール
YO(@yo_xxx )
社会人。特にクリエイター志望じゃなく、基本的にリスナーです。FM放送聴くのが好き。
小学生の時に電子オルガンを1年ほど習いましたが、楽器演奏経験ないに等しいです。初音ミクは発売当時に買いました。せっかくだからうまく歌わせられるようになりたいって気持ちもあります。
使用DAWはStudioOne Professional 。高いソフトは買っていません。
編曲レッスン曲
こちらが今回レッスンをする「Busy Days」という曲。
YOさんがいわんさんの原曲をリアレンジしたものです。
原曲のMIDIデータの音源を差し替えたり、コード進行を見直したりするうちに迷路にはまってしまい「自分が今どういう場所にいるのかもわかんない。これは多分本とか見ても判断つかない」ということで相談されたということです。
ゴールを明確にする
まず、こういった相談をされる時に僕が最も悩むのが「ゴールがどこなのか」ということ。
何を目指して作ったのかは作った人しかわからないので、「和音が不自然じゃないかどうか」「音がいい悪い」のような小手先の感想しか言えなくなってしまうんです。
なので、人に曲を聴かせて指摘をしてもらいたい時はどこを目指しているのか、というのを一緒に伝えるようにしましょう。音源しか送ってこない方がものすごく多いです。
今回も事前情報はないのですが、どう作りたかったのかをこちらで断定して指摘していきたいと思います。
まず、曲から連想されるキーワードを並べてみます。
女性、大人、元気がない、ミス、忙しい、朝、願い、仕事
歌詞は最後まで希望がない、メロディもあまり抑揚がなく、初音ミクの声色自体も表情がないので、疲れて表情がなくなってきた、という曲ですね。
頂いた編曲では、4つ打ちで、わりと明るくテンポの良い曲調になっています。それを踏まえ、
「歌詞、歌では疲れているんだけど、曲調では希望、期待を感じる、という方向性。ジャンルはポップス。」
これをゴールにして進めていきます。
実はこのくだりを書きたいがためにあえて聞きませんでしたが「歌詞は愚痴っぽいんだけど彼氏いるんだし不自然に明るくしてしまおう」という意図の編曲だということです。
この内容だと、全体的にダラーっとした、情けない編曲をしてもよさそうですよね。
試しにダラーッとしたバージョンを作ってみました。サビだけ。
こういう方向性がゴールだったら、指摘する内容が全く違うはずです。
全体的に
寂しい歌なんですが、ちょっと寂しすぎるな、という印象があります。間が持たない空虚さ、というか。適度にスキマはありつつ、もうちょっと埋めたいです。
全てのパートが平坦に進んでいっている印象もあります。
ポップスなので、音を抜き差ししたりパターンを変えたりしてA、B、サビ間にコントラストをつけたいですね。フィルやブレイクも入れて展開をわかりやすくしたい。
各楽器パートについては、
・生音っぽくするのか
・打ち込みっぽくするのか
・生音を加工した感じにするのか
その3つのどれかに絞ったほうがわかりやすいのですが、それが曖昧になっています。
コードについて
進行感が曖昧で、もやもやした感じがあります。
進行感はコードネームが合っているか、というだけじゃなくて、フレージングやボイスリーディングなどでも出していけます。
また、響きが空虚な感じがありますね。もうちょっと響きを補強したい。
空虚じゃないかどうかは和声の課題をやってみると感覚が身につくかもしれないです。
各パートについて
各パートをそれぞれ指摘していきます。
楽器を足したり、編曲の方向を変えてしまうと各パートの入れ方も変わってしまうので、編曲の方向、楽器編成はこのままで直すこととします。
ドラム | リズムだけで聴けるように
8分ベースで作られてますが、ちょっと寂しい感じがあります。
もう少しリズムだけで聴けるようにしたいですね。
細かいリズムを入れたり、シェイカーなどでうっすら16分を加えるのもよさそうです。
クラブミュージックだとストイックに同じリズムでグルーヴを作っていく場合もありますが、ポップスなのでフィル等を積極的に入れてもよいかなと思います。
Studio One付属の音色だけだと選択肢が狭いので、フリーサンプルも収集しておくのをおすすめします。特にハウス系の音色は使い勝手がいいです。
ベース | 怖さを出さない
音程が低いことと、音色がブヨブヨしているため、怖い印象になっています。
シンセのベース音色は見た目より1オクターブ低いので注意しなければいけません。
大体E1以下は音が怖くなるので、そういったニュアンスが必要でなければその低さでは入れないほうがいいです。
ずっと同じパターンなのも変化がなくてメリハリにかけるかなと。
エレクトリックピアノ | ニュアンスをつける
ウーリッツァーの音色ですね。
コードの頭だけ鳴らしていて、クオンタイズもきっちりかかっている打ち込みになっています。
伸ばしっぱなしだとのっぺりしているので、もっとニュアンスを出したいです。
生っぽくするなら、もっと弾いている感じにバラけさせて、フィルも入れる。
エレクトロな方向にするなら、頭だけじゃなくリズムを刻むバッキングにしたり、切り刻んだり、エフェクトをかけてもいい。
ルート音を省略してあるんですが、ルート音となるシンセベースがオクターブ低く、音程が離れていることもあり、響きに空虚さを感じます。きちんと響きを補いたいです。
ストリングス | ボーカルと被らないように
白玉が中心のフレーズですね。
まずはボーカルのメロディと音が被っているのが気になります。
被っていると、マスキングされてボーカルもストリングスも両方聴こえづらくなります。
また、G5の音はストリングスの音域としては高すぎます。この高さの音はこういった、わりと平穏な曲では使わないほうがいいです。
シンセとして、倍音の補強のためにうっすら入れるのであれば無くはないのですが。
リード | 違うトーンカラーのものを
イントロのリードはシンセのエレピサウンドですが、このメロディがエレピっぽくないですね。特に同音が連続している部分。
歌の部分の仮のシンセメロのような、「ほんとは歌が入るはずなのに仮で音を入れている」ような印象になってしまっています。
エレピでいくなら、音を引っ掛けたり、ハーモニーを足したり、メロディ自体を少し変えたりと、エレピらしいニュアンスをつけたいです。
しかし、リードがエレピだと、伴奏もエレピなので似たような音色になってしまい、リードが際立ちません。
なので、リードには伴奏とは違う「トーンカラー」の音色を使うことをおすすめします。それによりリードが際立つようになります。
違うトーンカラーの音色とは、エレピのような鍵盤楽器ではなく、サックスや、フルートやギターなど、音色が混ざらない、音色の傾向が違うもの。
同じトーンカラーだと混ざりやすく分離しにくいし、違うトーンカラーでは混ざりにくく分離しやすいです。トーンカラーの考えかたは全体の編曲においても有効です。
シンセベル | 重複か分離かどちらかにする
シンセベルは、ストリングスもボーカルともなぞるわけでなく、かつ微妙にボーカルにかぶっているという曖昧なフレーズ。
こういった音は、重ねるのかか分離させるか、というのをはっきりとしたほうがよいです。ストリングスかボーカルのラインに重ねるか、全く別のラインにするか。
実際に直してみました
言葉で言うだけではわかりづらいので、実際に直してみました。1コーラスのみです。
打ち込みの違いがわかりやすいように、編成、方向性はそのままで、音源は元の曲と同じStudio One付属の音源「Presence XT」のArtistプリセットのみです。
グロッケンのみ新たに加え、イントロと最後に女性らしいチャーミングさを出しました。
コードは大人の女性っぽいイメージになるよう、泥臭い部分を解消しました。具体的には、はっきりとしたドミナント・モーションをVI/V型のコードに置き換えました。
イントロは夢の中のイメージで、Aになった時、目が覚めるような演出にしました。
ドラム直し | 忙しさを表現
キットは808系にしました。
元々は8分の音だけでしたが、忙しさを表現するために、ハイハットで16分裏の音や、キット内の面白そうな音を入れてみました。
フィルをきちんとつけて、ポップスらしいメリハリを出しました。
16分のフィルは、リズムだけ決めておいて適当にトランスポーズし、いい感じの音を見つけるという手法を使っています。
また、イントロはフィルターをかけて夢の中のような感じを出しています。
ベース直し | 朝っぽい音色へ
さりげない音色に変え、1オクターブ上げ、イントロは入れず、他のパートも間引いてリズムに変化をつけました。
そこまで大きく変えていませんが、印象としては女性的に、朝っぽい感じに変わったはずです。
エレクトリックピアノ直し | 生演奏っぽく
エレピは生っぽくすることにしました。手弾きで打ち込んで、クオンタイズをせず、1音づつエディットしています。
ウーリーはベロシティで音色が変わるので、曲調にマッチするベロシティに調整もしました。
音色に夜の雰囲気があったので、アコースティックピアノにしてもいいかなと思ったんですが、全体的にちょっと高めの音域にしたら朝っぽくなりましたね。
このウーリー音色はのっぺらな音だったので、アンプシミュを入れてトレモロをうっすらかけて、白玉でも聴いていて気持ちのよい音にしました。
あとは、ルート音を入れました。低くなりすぎる所はところどころ省略していますが。最後のキメは、あえて単音にして、メロディが際立つようにしています。
ストリングス直し | 弾いていて気持ちよく
ストリングスも生演奏っぽくしてみます。
生演奏っぽいストリングスにするコツは「弾いていて気持ちがいいか」。
ヴァイオリンを弾く人が「ずっと同じで飽きるな」とか、全然音楽的じゃなくて「なんでこんなの弾かされてるんだろう」って思うようなフレーズはよくないです。
最初は単音で下から入り、目立ちすぎるのを抑えています。また、ラインは順次進行を基本にして穏やかに。
Bメロの最初は展開の印象をつけるためにピチカート奏法で。
サビ以前は単音や和音を使って背景的に。サビは最高音から入って印象的に、オクターブで重ねてメロディを聴かせています。
他にも、パートを増やしたり、スタッカートを使ったりと、多くの変化をつけることで楽曲にもメリハリが生まれ、生っぽくもなります。
全体的にボーカルには被らないようにしつつメロディアスに。逆に最後の部分はメロディと一緒にすることで終わり際を自然にしています。
ボリュームのオートメーションも書いています。一番下のライン。
ディビジ(ストリングスの人数をわけて弾いている所)は、打ち込みだと音が大きくなりすぎるので一旦下げて、スタッカートやブレイク前は上げて印象をつけています。
リード直し | 音色を2つ使ってみる
前半のメロディをポルタメントが効いたシンセ音色、後半をグロッケンで全く別のメロディを入れました。
伴奏と分離したリードになっているはず。音色を変えるのは間を持たせる効果もあります。
シンセベル直し | 別のものに変える
全部抜いてしまって、かわりに別のシンセ音色でサビにだけアルペジオを入れてみました。
エレピのオクターブ上の音域を補強し、縦のフレーズを入れるイメージ。それにより、サビに厚みを出して、サビらしさを出しました。
サビは全部の音域がまんべんなく鳴っているのが理想です。ひと通り編曲したあと、足りない音域を足していく、という手法もアリですね。
音を感情に、感情を音に変換する
編曲された曲について、全体的に形式的な感じを受けました。
イントロを付けないといけない、和声は常に充実させ、変化を少なく繋がなければいなければいけない、など。
もっと曲の内容を想像し、掘っていくと編曲も色彩が付けられるはず。常識から外れた面白い編曲は、歌詞、メロディの世界観を徹底して深掘りすることでしか生まれないと思っています。
曲の世界を拡張するため、物語を作るために編曲をすべきで、ただ音で埋めるためだけに編曲するべきではないです。
そのためには、常に音色や和音を感情や風景でとらえる意識を持っておくことが大事です。この音色は元気だな、とか、海っぽい和音だな、とか。そうすると、色々なものを音で表現することができるようになるはず。
「和音が合ってればいい」「音がよければいい」そういう考えで作ってしまうと聴く人が何も感じない音になってしまいます。
おわりに
いかがだったでしょうか。
レッスン的なものはやってなかったのですが、こんな感じであれば1万円程度で承ってもよいかなと思いますので、ご相談ください。基本的に公開で。
リンク
こちらがいわんさん(@Ivan_Whisky )のオリジナルバージョン。