作曲家、多田彰文さんに聞く、音楽業界生き残りのコツ【第一回】

音楽でメシ

2018年2月某日、音楽家、多田彰文さんが指揮を担当した、とある映像作品のストリングスレコーディングを見学させていただきました。

多田さんはアニメ版「となりの関くん」の音楽を担当しており、僕はドラマ版のほうを担当した、という関係でもあります。

今回のレコーディングでは、指揮を担当する多田さんが中心になって進行していました。

司会のような形で、流れのコントロールをしたり、作曲家に意見を聞いたり、といった役割。

1曲は1回練習、1回本番といった感じで、十数曲をレコーディング。イメージを伝えながら、淡々とした雰囲気で進めていく姿が印象的でした。

他の作家の現場を見るということはほぼないので、ディレクションや譜面等も参考になりました。

私こおろぎは、ずっとフリーランスなこともあり、大規模なスタジオ録音の経験がほとんどないので、かなり勉強になりました。

レコーディング後、多田さんに様々なお話を伺いました。

その内容を2回にわけて書いていきます。

第一回は

・多田さんのことについて
・指揮について
・音楽業界での生き残りかたについて

という内容になっています。

MacbookにはほぼすべてのDAWが入っている

多田さんのモバイル環境を見せていただきました。

MacBook Pro、Apple Magic Mouse、ワイヤレステンキー、2TBSSD 、KORG NANOKEY2

こおろぎ
これは、メインの環境とは別ですか?
多田
メインはうちで、MacProとProtools HDでやっているんですけれども、実は、ほぼ同じ環境なんですよ。

家でやっていることを、外でそのまま仕事を続けられるように、同じものをここに持ってきています。

ここに(写真のMacBookの後ろ)2TBのSSDがついてます。

こおろぎ
Protoolsで全部作るんですか?
多田
基本はProtoolsを使ってますね。
こおろぎ
打ち込みで最後まで作る、ということもあるんですか?
多田
もちろんです。
こおろぎ
その場合、ミックスダウンはエンジニアさんにお願いするんですか?
多田
基本はエンジニアにお願いするんですけど、自分でやるときもあります。それはケースバイケースで。
こおろぎ
Macbookをスタジオに持ち込んで最後まで作業する、ということはあるんですか?
多田
ないですね。

スタジオに入ると、スタジオのProtoolsだけでやります。今日みたいにオーディオに書き出していて、それをミックスしてもらうだけ。

レコーディングではMIDIをその場で直接鳴らしたり、ということはないです。

ライブだとProtoolsじゃなくて、CubaseとかStudio Oneを使って音を出しながらやったり、音源として使うことはあります。

こおろぎ
そのほかの用途でMacbookを使うのはどういうときですか。
多田
あとは、スコアリングソフト。Sibeliusとか。そういったものを使うときです。

Macbookの下のバーを見てもらうとわかると思うんですけど、Macで使えるほとんどすべてのDAWがここにあるんですよ。

Bitwig、Grageband、Logic、Digital Performer、Ableton Live、Studio One、Cubase、Protools、KORG Gadget…

楽譜ソフトもSibeliusとFinale両方が入っています。

あと、Windows機にはFL STUDIOとABILITYとCakewalk by Bandlabが入ってます。

こおろぎ
それらのDAWを全部入れておくのはなぜですか?
多田
全部使うからです。

番組で使う、ということもあるんですけれども。全ての DAWをオペレーションするということは、どの作家もやったことないだろうと。

これをやっていると、最近、作家さんと一緒に組んで仕事をすることも多いから、必要であれば、各作家さんのデータをそのまま受け取れます。

こおろぎ
楽譜は、そのまま印刷してレコーディングで使う、ということもあるんですか?
多田
今日の譜面もそうですよ。作曲家がスコアを出してきたものを僕がパート譜にしています。

それ以外には、Excelなどでミュージックシートを作ったり。

このパソコンに入ってないんですけれども、動画ソフトが別のMacBookに入ってて、番組の放送の録画を編集したり、アーティストの動画を編集したり。

器用貧乏と言われないようにのめり込む

こおろぎ
いろんなことをやられてますよね。楽器も手広くやられてるし。
多田
手広くやってますね。果てはCLIP STUDIOでお絵かきまでしてますから。

これからは新人のミュージシャンってなかなか出づらいじゃないですか。僕自身はおかげさまで、こういう風に50歳を過ぎても活動をさせてもらってますけど。

あと何年続くのかということは誰にもわからない。飽きられたりもするかもしれない。

自分にとってのウリって何だろうって考えた時に、本当にガチでいい曲を書いて、っていうアーティスト肌でもないってことは自分で重々わかっています。

やっぱり人にできないこと、例えば、マルチにいろんなことを扱えること。自分で言うのもなんですけれども、もともと器用だったので。

それを器用貧乏と言われないように、本当にもう、器用なら器用を極めようと思って。自分にとってできると思ったことはありとあらゆることに手を出す。

広く浅くでもなく、広く、ちょっとのめり込むぐらい中程度に。その中でも、自分の本分は作曲であり編曲だということを見失わないように。

あとピアノ。もともと僕はピアノから来たんで、ピアノの演奏だけは、ウェイトを置いてやってますね。

それに付随して打ち込み。

多田
元々カラオケの仕事をやっていて。ちょうど20年前ぐらいにデータカラオケっていうのが流行ったんですよ。

そのカラオケの作成。原盤が使えないから、だからもう1回コピーして作り直す。っていう仕事。それで人のコピーを2000曲とか3000曲やりました。

毎月十何曲づつコピーしていかなきゃいけない。人の曲をコピーしたことですごい勉強になりました。

そして、そのカラオケの生録音の譜面を書いてスタジオで録音をしてました。

そこでオケスコアを書いたりとか、弦のスコアを書いたりとか 、譜面を書くのもスキルとして身につけました。

人のものをコピーしてどういうふうになってるのか。なんで自分でコピーしても同じようにならないのか、っていうのをずっと研究して。

その中で、必要だなと思った時に音楽理論を学んで。実際に自分では分からない和声とかが出てきたら、辞典のようにひく。

もちろん、ピアノを習ってる時にソルフェージュって言って、ある程度の音楽の基礎知識はそこで学んでたんですけど。

こおろぎ
実践と平行して勉強していったんですね。
多田
やっぱり「できません」っていうのは悔しいから、「できます」って言ってから一生懸命勉強するんですよね。

「ディキシーランドジャズは知りません」なんて絶対言えないですからね。「ディキシーランドジャズですね。わかりました」って言って書く。一生懸命。

あの頃はネットとかないから、図書館に行ったり、レコード屋行って、一生懸命資料買ってきたりして。

若手と共存する

こおろぎ
なぜ、色々なことに手を出すんですか?
多田
平たく言えば、仕事の間口を広げたいんです。

自分が生き残っていくために、いろんなことができたほうが、いろいろな現場に呼んでもらえる。

やっぱり自分も、こおろぎさんも含めて、若手の作家とはいえライバルでもあるとは思います。同じ作曲家としてね。

だけど僕は、競い合ってライバルを潰していくのは違うなと。だったら共存する道を選ぶ。

若者も一緒に盛り上げて、年をとっても、その中で自分の居場所を作ろうって。全体のプロデュースだったり。指揮だったり、果ては譜面まで作ったり。

そうすると楽しく仕事ができる。頼ってもらえるし。

クライアントというか、ディレクターさんとかは、僕がどんどん年老いていくと年下になっていくんです。

年上の作曲家使うよりかは、年下のほうが言いやすいじゃないですか。「これちょっと直して」って。かつて僕も新人の時はそうだったから。

音響監督から作った曲の8割を作り直せって言われて、でそれを文句言わずにやるわけです。「わかりました」って。

だけどもう今の僕ぐらいの歳になると、なかなか相手は言えないんですよね。言って欲しいんだけど。

だから、逆に自分から言うようにしています。

また、若手が使いやすいんだったら、それはしょうがないだろうと。

いい曲を書くしいいやつだと思えば、僕が指揮をすることで一緒に仕事をしていける。「じゃあ一緒に何かやっていこうよ」っていうていう風に言ってもらえたり、っていう関係の方が間口が広がるかなと。

こおろぎ
自分のポジションを変化させて生き残っていくということですかね。

指揮について

こおろぎ
指揮はどこで身につけたんですか?
多田
指揮は先生に習いました。
こおろぎ
誰かに「勉強させてください」って言ったんですか?
多田
いや、普通にレッスンです。別に弟子入りしたわけではなく。

レッスンやってるって聞きつけて。一年半ぐらい通ってました。

そこで一通りの振り方を教わりました。

こおろぎ
なぜ指揮をやろうと思ったんですか?
多田
自分で曲を書いたら、自分で振れた方が、直接やりとりができるからいいだろうと。

昔はやっぱり、俺と同じような仕事の人はいたんです。代棒指揮っていう。

指揮を振らない。もしくは振れない作家のために、レコーディングで代わりに指揮をしてくれる先生がいました。そういう専門の。

で、お願いするんですけど、時間がないからどうしても、その人の裁量で決められたりしてしまうんですね。

劇伴のレコーディングの時なんて、100曲とか録ってたから、次へ次へと行かないといけないので、その先生のおまかせになっちゃう。

こっちが対等にやろうとしたら、しどろもどろになっちゃって場を乱しちゃうので、やっぱりその先生に入ってもらうことになる。

だったら作家が自分で棒が振れた方がいいなって。その時、事務所の社長にもそう言われましたし。振れるならなら自分で振った方がいいよって。

最初は我流で振ってたんですけれども、やっぱり手探りでやるのもなんだと思って、ちゃんとプロに習おうと思って。

で、習ったら思い描いたのと全然違って。筋トレの世界でした。

多田
もちろん指揮法というか、テクニックも習うんですけれども、

最初は何するかっていうと、

「はい椅子の上座って」って「膝の上に手を置いて」って。

多田
それを太ももに、上げてー叩く。上げてー叩く。上げてー叩く。上げてー… これを一か月 やりました。

そうするとね。太ももがあざだらけになるんです。

これをずっとやらされて。

一ヵ月経ったぐらいに、縦に振ってたのを今度は横に振ります。

それが終わったら、やっと、太ももを叩いてるもんだと思って空振りします。これがまた難しい。

これがもう大基本。こういうことずっとやっていました。

1年経ってようやく「じゃあちょっとベートーベン振ってみようか」って、ピアニストに入ってもらって指揮を振りました。

だけど、変な振り方をしたら、わざとその振りに合わせられたり。

指揮って演奏に影響するものなんですか?

こおろぎ
指揮って演奏に影響するものなんですか。クリックもあるし譜面も見なきゃいけないので、そんなに影響はなさそうですが。
多田
意外とあります。見てないようで見てるって最近わかってきました。譜面を見てるから、そっちを見なきゃいけないと思ってたんですけど。

ある時、9分の曲があって。すっごいシリアスで静かなシーンの。しかも変拍子。

そのとき、コキ、って肩がなって。それをマイクが拾っちゃったんですね。

で、動揺してそれに。何事もなかったかのように振ろうとするんだけれども、それがおぼつかない。

それで、拍子を振り間違えたら、チェロの人が入れなくなっちゃった。

しょうがないから止めて、肩が鳴りましたって言ったら、みんなニヤニヤしはじめて。結構見てるんですよね。そこから録り直した。

反対に、本当に盛り上がるところで一緒に来てくれると、棒の先に音が吸いついてる感じがします。その快感はすごい。

おわりに

音楽を仕事にしていると、どの年齢までできるのかな、と考えると不安になってしまいますね。

今後、どんな役割の仕事が出てくるのかはわかりませんが、多田さんのように、変化をする、ということが一つのポイントになるはずです。

また、指揮について自分でやるかどうかは、映画「すばらしき映画音楽たち」でも言及されていました。

プロフィール

多田 彰文(ただ あきふみ)(@akifumitada )

1989年手塚治虫原作「火の鳥」舞台演劇にてシンセサイザー演奏デビュー。
その後、辛島 美登里をはじめ、馬渡松子、中川翔子など 歌手・アーティストのツアーミュージシャンとして演奏活動を行う。

ドラマやアニメ、ゲーム音楽の制作やアーティストのプロデュースも手掛ける。

キーボード・ギター・ベースはもとより、木管・金管楽器、ヴァイオリン、パーカッションから大正琴まで、あらゆる楽器を弾きこなすマルチプレイヤーでもある。

「魔法つかいプリキュア!」前期ED作曲、「中二病でも恋がしたい!TOM」編曲、
アニメ「ずんだホライずん」、劇場版ポケットモンスターシリーズ、劇場版クレヨンしんちゃんシリーズなど多数。

第二回はこちら

多田彰文さんに聞く、劇伴仕事のすすめかた【第二回】